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E-JANの成り立ち
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1.はじめに

E-JAN(遠州精神保健をすすめる市民の会)のことは、以前より全家連の大会や刊行物で発表されているし、うちの大場義貴代表理事(現在は、大学の講師をしている。)が全国の研修会などありとあらゆるところで紹介しているので(ついビデオなど買ってしまった方もおられるだろう。)ご存知の方もおられるかと思う。とはいえE−JANが発足した時期というのは、全国に精神障害者の福祉施設が飛躍的に設置されだした頃であり、E−JANは、いわば精神保健福祉の追い風に乗って全国のあちこちに発生した地域に精神保健福祉をすすめようという組織の一つ、なのである。全国にそういった組織がいったいどれくらいあるかわからないが、遠州(ほぼ静岡県西部地区という意味)という地域の特殊性つまり地域性というのだろうか、があるとはいえ、それらの中で別段目を惹くオリジナリティがあるわけでもなく、特異的な組織というわけでもない。ふとしたきっかけで組織化に至ったに過ぎず、多分E−JANのような地域活動の必要性は津々浦々どこにでもあるのだろうから、その「どこにでもある話」ということでE−JANの活動の問題点や課題について今回は(次回はないが)書いてみようと思う。

2.E-JAN概略


通称E-JAN(いいじゃん)は、Ensyu-Joyful-Action-Networkの意がある。正式には「遠州精神保健福祉をすすめる市民の会」であまりこなれた名前ではないので、E−JANで普段は通すことが多い。当初は、専門職であろうがなかろうが、障害があろうがなかろうが一市民として活動しようという合意があったので市民の会なのである。とはいえ会員には病院のワーカーと施設職員が目立ち、いわゆるボランティアといった立場の人が若干、あとはたぶん障害者をもつ家族の方であろうと思われる方がかなりの数占めている。家族の方が多いことに関してはある特殊事情があるが、説明には及ばないだろう。その他大学の先生や、なかにはスズキさんやカワイさんという方もおられるらしい。しかし後半の方々は賛助会員ということで、会活動に直接かかわる正会員は約60人、全会員数は200人あまりである。
発足は、平成9年12月で、以来活動目的を漠然としたまま、ああでもないこうでもないで6年目平成14年10月にNPO法人となり現在に至る。(沿革参照)


3.なぜE-JANができたのか。

もともと遠州地域は、なぜか単科精神病院が多くあり、そのせいかどうか精神障害者の福祉は出遅れていた。せっかく進んでいた共同作業所建設も住民反対に遭い敢え無く断念ということがあり、日頃からこの地域の実態に憂慮していた専門職数名が「このままでは、この遠州地域が精神保健福祉後進国になってしまう!いまこそ理解者を増やし、市民運動として行政を刺激し、福祉施設を増やし、いっそのこと精神障害者にやさしい地域ということに変えてしまおう!」と立ち上がり、仲間を集めて出来たのがE-JANということになっているが、そんなすっきりした話ではないことはもとよりである。問題は、なぜ数名が立ち上がったのか、そしてどうして仲間を集めることができたのかということではないだろうか。揺らぎはどこにでもあるのだろう。だがそれがビッグバン(大袈裟か…)になるには、どうしても火付け人が出てくる必要がある。それと起爆剤となる数名。(たぶん私はその1名。うまく事が運んだので自爆テロにならずにすんだ。)それらが飲み食い好きであればまちがいなく事は簡単にすすむ。日頃から閉塞感を感じていたり鬱憤が溜まっていれば「どう、今度飲まない?」で呼びかけは充分である。お分かりだろうが、いまや天下のNPO法人も、申し訳ないがもとはただの飲み会に始まったのである。アルコールは安易に人を操状態にもってくことができるし、遠州特有の「やればなんとかなる」の通称「やらまいか!」精神が好条件となってか、組織へと発展していくことができたのである。

4.現在にいたるまで。

沿革を参照していただけば、これまでのE-JANの活動の経過がわかると思う。さまざまな期待を背負って動き出したE-JANであるが、たしかに始めの3年ぐらいは活発に動いていたと思う。当事者という立場でのパフォーマンスも元気を帯びていたし、折りしも障害者プランなどの動きもあって施設もできだし、病院ワーカーの数も増えてきてそうした人たちが右往左往していたからだ。精神保健ボランティア講座もはじまり、専門職でない人たちの参加に期待がかかっていたのだが、3年を過ぎた頃から次第に疲れを感じてくるようになってきたのである。もちろん日常的仕事プラスE−JANの仕事というのがそうそう続くものじゃないというのもあるが、参加していた人たちの思惑の違いが表面化してきたことが最大原因だと思う。「やっぱり私たち家族の味方じゃなかった」といって最後まで重い鎧を脱ぐことなく去っていった人たち、元気だった人がやっぱり元気じゃなくなり、気まずい雰囲気をなんとか持ち上げていくというのも疲れるものだ。
 組織として出発するときの活動目的のツメが甘かったと今にして思う。勢いにまかせあまりに多くの期待を背負いすぎたがために、あれもできるこれもやろうに実際はそんな力はなかったので応えきれなかったというのが本音。何を最低限やっていくのか、そしてできるのかを顔ぶれをみて全体としての力量(見かけ×0.6とした方が安全。また持久性という係数も忘れずに)にあったことを目処をたてて取り組んでいく必要があった。最初は、ゆくゆくは社会福祉法人をとって施設を運営しようとかホームヘルプ事業をやっていこうとかいう声もあったが、活動の主力になっているのが病院のワーカーと施設職員では所属があるので無理がある。では私たちがやろう!という無所属の人たちが出て基軸がそちらに移っていけば(または、所属を捨てる覚悟の人がでれば)あった話かもしれないが、残念ながらそうはならなかった。全国にはそうなった組織もあるということだからあながち見等はずれの期待ではなかったのだろう。

5.これからどうしていくのか。

結論から言って、結果はどうあれ、発足時から現在まで終始して行ってこれたのは啓発活動である。当事者であれ家族であれ専門職であれ普通のおばさんであれ、どんな立場にあっても所属であっても共通項として取り組むことの出来るのが啓発活動であった。それぞれがアイデアを出し役割を分担する、まさしく共に無理なく実現できる。その時々のキャパシティに合わせて、大きいこともできるし小さいことをこつこつとやることもできる。むしろ「E−JANは啓発活動団体です。」と言い切ってもいいのではないか。
啓発活動によって少しずつ増えていく仲間(ボランティア講座の卒業生を含めて)のその後なのであるが、当事者活動の協力者へという期待があった。発足当初から当事者活動のバックアップ組織としてのE−JANというのがあった。しかしバックアップするからには支援するものされるものの関係になってしまい、障害のあるなしにかかわらずひとりの市民として…に矛盾する。はじめは元気のあったいわゆる当事者という立場の人たちの元気がなくなり、ギクシャクしたのもそんなところからなのだと思う。障害者のエンパワメントに力を貸そうと思えば思うほど妙な具合になってしまうのは、E−JANに限ったことではないと思うのだが。幸いデイケアも増えたし生活支援センターもある。そこに所属すれば「ボウリング大会」だの「流しそうめん大会」だのいろんなことをやってくれるので、その所属を超えて自ら当事者活動をしたいとは思わないだろう。障がいをもつ人は、どこそこのユーザーとしての立場しかないのであろうか。
E−JANに限らず、当事者を一参加者として迎える団体は、この矛盾に立ち向かわなくてはならない。きれい事で済む話ではないことはわかっているし、スッキリするなんてことはありえないが、わたしは「支援する」仕事に就いているからこそ、当事者であろうが専門職でない人であろうが、お互いひとりの市民として肩を並べなくてはならないE−JANの活動に意義を感じる。失われかけているが、当初の「ひとりの市民として…」の合意に立ち返って、やりづらさをむしろそれを糧として取り組んでいくのが、ユニバーサルデザインのいまだからこそE−JANの歩む道だと私は思っている。

 

6.結びにかえて―飲み会の効用―

今、福祉業界が大変なことになっている。福祉といえど売りと買いの市場経済論理で、ムダなく自助努力させようという魂胆らしい。世の中には必要なムダ不経済というのもあると思うがそれは置いとくにして、そういうことが成熟していない社会で行われると、子供じみた客取り合戦に巻き込まれたり、タチの悪い依存を増殖させたりなんてことになりかねない。よほど個々がしっかりとしたオトナになっていないといけないなと思う今日この頃なのであるが、オトナといえば飲み会である。(うーんチト苦しいかな?)アルコールを飲んではいけない人や制限の有る人には、以外のものでジャンキーになっていただきたいが、真面目な話は誰にでもできる。真面目じゃなくてもいい場で、語る言葉があるということ、自分という人間を表現パフォーマンスできること、バランスよく自分を曝け出すことができること、誰とでもはなせること、トヨタの社員と日産の社員が理想の車について熱く語り合うなんてこと、がオトナを養成していくのではないかと私はかねがね思っている。そういう、ひとりひとりが人とのふれあいのなかで、自分の在りようを確かめつつ、何をなすべきかを考えていけるようなオトナの文化がせめてE−JANのなかで育んでいけたら、この地域の福祉は、翻弄されるばかりではない気がするのだ。E−JANは、なにしろ飲み会が原点なのだから素養は充分である。期待していただきたい。
そうそう忘れてはいけない点に、E−JANがあったために、いろんなところのワーカーやスタッフや地域の要人(?)が互いに顔なじみであるというのがあった。飲み会のおかげばかりもなかろうが、「まぁまぁいいじゃん、堅いこと抜きで一緒に飲もうよ。」でE−JANは一番大事な繋がりづくり・人づくりをしてきた側面もあるのだ。県庁の役人が「この地域はネットワークができている!」と勘違いしたくらいなのである。
最近、この業界にどっと若手が増えた。諸先輩方のおせっかいを尻目にさっさと自分たちで飲み会をやっているらしい。その名も「よくないじゃん」だそうな…やれやれ。

 

 
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